小山内 洋子「好きなことを 樂しく楽に・・・」そんな生き方が これからの生き方

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祖と皇の文化の相違点 その16

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みなさま、こんにちは

今日は「祖と皇の文化の相違点」
もの中心社会 ⇒ こと中心社会へ について書きます。

(祖)もの中心社会

今までの祖の時代の2,500年間は「低次物質文明」の時代でした。

祖の時代のテーマは 人間が苦労して「もの」を造る・・・です。
つまり、「もの」とは物質そのものではなく作品という意味です。

もの中心の物質文明の特徴は「一方向性社会と均一性」 です。

このブログの「教育」のところで書きましたが
物質の性質は均一ですので、物質文明を発展させるためには
人間も物質同様、均一にする必要がありました。

その方が扱い易かったからです。

人間を、もの同然の均一にするにはどうすればよいか?

まず考えられたのが、日本国中の富国強兵政策でした。

祖の時代の教育は、戦争のための戦闘要員をつくるためであり
試験制度は優秀な兵士を抜擢するために必要でした。

言うまでもありませんが、兵士は人間をものとして扱われる典型的な例です。

その均一的な教育は今にも引き継がれ試験制度は戦闘から競争へと移り
優秀な企業戦士を採用するために必要でした。

そしてその結果、大量生産・大量消費に右肩上がりの経済成長を可能にし
日本はもの作り大国になりました。
ただし、祖の時代のものは人間に「苦」を与えるものしか売れません。

家はもので溢れ、買いたいものはほとんどなく
政府があの手この手でデフレ脱却政策をとっても効果はありません。

それもそのはず、時代はすでに逆方向に動き始めたからです。


(皇)こと中心社会へ

もの離れといわれ始めて久しいですが、それを広く一般に実行させたのが
「断捨離」ということばでした。

もう、ものをいっぱい買う・いっぱい溜め込む・所有する時代は終わり
「不要なゴミは どんどん捨ててスッキリしましょう。」 という提案でした。

これがなぜ一気に社会現象になったのかといいますと
もちろん「断捨離」ということばの力も大きかったと思います。

けれど、これからの皇の時代の 
「もの」から「こと」への転換というルール に合致したからだと思います。

つまり、「ものを捨てたい。」(時代の流れでの心の変化)
けど、「もったいなくて捨てられない。」(祖の時代の、ものへの執着)で

迷っている心に「断捨離」ということばの力が決断をうながしたのではないでしょうか。

これから2,500年間の皇の時代は「高度精心文明」の時代です。
ものに執着するより、「ものを手放すと心がスッキリし自由になる。」
という快感を体験した人は多いと思います。

今や、必要最小限のものしか持たない主義の
「ミニマニスト」と呼ばれる人まで出現しています。

そこまで極端でなくても
なるべく簡素な生活をしようと実行している人が増えてきています。

祖の時代の物質文明は、人間をものとして扱ったので均一にできましたが
皇の時代の高次精心文明の時代は
精心を均一にすることも、縛ることもできません。

その結果、祖の「一方向性社会」から、皇は「全方向性社会」へと変わります。

つまり「心は自由であって各人個性を出し自分本来の生き方ができる時代になる。」
ということです。


秸・祖・皇 の各々の時代には主要なテーマがあります。

秸の時代は 「樂しく生きる。」
祖の時代は 「苦労してものを造る。」
皇の時代は 「楽に動く。」

です。

皇の時代は
各々個性を生かした
「好きなことを、樂しく楽に・・・何をするか(こと)」
が重要になります。

個人では、不用品を売って旅行に行く人も増えているようです。

もう今や世界中で、大型ショッピングセンターと呼ばれる施設では
いままでのような買い物だけの店舗を揃えるのではなく
人が参加し体験できて樂しめる施設へと変化しています。

日本を訪れる外国人観光客も
一時の爆買いブームは姿を消し、本来の観光中心で参加型・体験型へとシフトしました。

いよいよ「もの中心」から「こと中心」の時代へと移行が始まりました。

今日はここまで。

次回は「祖と皇の文化の相違点」 団体から個人へ というテーマで書いてみます。


それではまたお会いしましょう。



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