小山内 洋子「好きなことを 樂しく楽に・・・」そんな生き方が これからの生き方

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祖と皇の文化の相違点 その18

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みなさま、こんにちは

今日は「祖と皇の文化の相違点」
(祖)人工的 ⇒ (皇)自然的へ について書きます。


(祖)人工的

人間は本来生まれてくる時は、誰もが一生何一つ不自由のないように
自然の保証付きで生まれてきます。

なのになぜ、現実はそうなっていなのでしょうか?
この場合の自然とは、大宇宙の大いなる働きのすべてのこと です。

その自然も人間も、いままでの祖の時代には
世の中 即ち「人間社会」の一部として組み込まれていて、ほとんど機能していませんでした。

つまり、「自然は休止状態」にあったのです。
その結果、人間が思い通りに自然を支配し破壊を続けてきました。

河川は真直ぐに、土手はコンクリートで固め、海を埋め立て砂浜にはコンクリートの防波堤。
防潮堤をより高く頑丈に、山を削り、樹木は伐採し尽くし砂漠化し、地下資源を採掘し放題。
化学物質や煙を出し放題で、水を汚し・空気を汚し・大地を汚し
「自然破壊」は際限なく続けられました。

このように 自然を犠牲にすることによって物質文明は繁栄を極めました。

自然の活動は休止状態だったため、本来の自浄能力・修復力がなく
地球はもう限界に達し、悲鳴を上げています。

一方、これではいけないと気付き、自然の再生に懸命に取り組んでいる人々がいます。
自然が活動を始める当分の間は、こういう人々の活動に支えられていくしかありません。

しかしこれも、皇になって自然が復活したら許されなくなります。
なぜなら人工的だからです。

もう一つ人工的な代表的な例が、絶滅危惧種の保護活動です。
いままで流の考え方でいえば、良いことのように見えます。
しかし、自然から見たら果たしてどうでしょうか?

答えは後ほど・・・・・


(皇)自然的

時代が皇に移行すると、いよいよ自然が完全復活します。

それに伴って
他の野生動物と同じように、人間も今度は自然の中に組み込まれます。

すると、自然が人間を支配下に置き、人間は自然の意思でどうにでもなります。

ここまでくると、人間が自然に対して人工的に手を加えることは一切許されなくなります。
なぜなら、人工的に手を加えると、どうしても部分的・パッチワーク的になるからです。

それに対して、自然は総体的視点で地球規模どころか宇宙的規模で働くのです。
自然が大宇宙の大いなる働きといわれる所以です。

自然の力は偉大であり、人間は敬意と畏怖の念を持って、ただただ従うのみです。

たとえば「この地は人間が住む場所でない」 と、宇宙のルールで決められていたら

自然は意図して 天災・人災、規模設定も含めて、台風・地震・津波・洪水・地滑り
山崩れ・雪崩・旱魃(かんばつ)・竜巻・落雷・火災 等々

あらゆる方法で起こし、人間を住めなくしてしまいます。

どんなに強力な防護策を講じても、どうにもなりません。
本来 土地の波動に応じて住むべき生きものが決まっている からです。

いままでのように、人間がどこでも住めると思うのは間違いであり
もう住み分けが始まっています。

皇の時代がさらに進むに従って、いままで都会だった所は公園や田畑になり
今まで人があまり住まなかった田舎がこれからの都会になる といった逆転現象が起きるようです。

また、いままで砂漠だった地でも
本来人間が住むべき場所であれば
自然は樹木を生やし、住み心地の良い環境に造り変えるのです。

そして、自然が次の皇の時代に不要と決めた祖の人・動物・植物・微生物・もの・こと
すべて消えてなくなります。

それは優劣の選別ではなく、皇の時代の環境に適合するかどうかの問題です。


先ほど書きました絶滅危惧種というのは
祖の環境には適合できましたが、皇の環境には適合できないから絶滅するのです。

それを、人工的に手を加えてもどうにもなりませんし、自然に逆らう行為をすれば
自然から罰せられます。

自然は、こうしてすべてを宇宙のルールに則って造り変えるのです。


自然の偉大さを見せつけることがもう一つあります。
いままで私たちは、富の分配を人間社会から得ていたため、すべて有料でした。

しかし、自然は人間社会とは違って
比べものにならないほど裕福であり、愛に満ち溢れています。

自然は湧水を飲んでも、空気を吸っても、植物を採取しても、海や川の魚を捕っても
自然が育んだ恵はすべて只です。
見返りは一切求めず、ひたすら与え続けてくれるのです。

けれど、それに人間が関わると すべて有料になってしまいます。

先ほど 「これからの皇の時代になると自然の中に人間が組み込まれる」 と述べました。

その意味は、これから人間も野生動物と同様、ガツガツ働かなくても
自然からの分配を受けて生きていかれるようになるという意味です。

そのため、私たちの必要なものは徐々に只に近付いていき
時代がズ~ッと先に進むに従って、全部が只で与えられるようになるというのです。

最初に述べた
人間は生まれてくるときに「自然の保証付き」で生まれてくるとは そういうことです。

ただし、その自然からの贈り物を受け取ることができるのは
「自然の今と自分の今」をピッタリ合わせることが大切です。

ピッタリ合わせるためには、自然を常に観察し
微妙な変化を読み取る能力と、それに伴った行動が必要になります。

今日はここまで。

次回は「祖と皇の文化の相違点」
(祖)外観重視 ⇒ (皇)中身重視へ について書きます。


それではまたお会いしましょう。



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祖と皇の文化の相違点 その17

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みなさま、こんにちは

今日は「祖と皇の文化の相違点」
団体主義から ⇒ 個人主義へ について書きます。


(祖)団体主義

今までの祖の時代の行動のルールは 皆一緒に・・・・・でした。
祖はヨルの時代ですから、暗闇の中を手探りで一人で歩くのは危険です。

従って、偉い人・リーダーの言うことをよく聞いて従って
皆で列に並んで行動するのが一番安全な方法でした。

これが三種神器の一つ目の「鏡」 権力者を信じて従う・・・に当たります。

家庭では家長に従い、会社では社長に従い、学校では先生や校長に従い
国民は大統領や首領、首相、国王を信じて従うというように
「長」と名のつく人は絶対的権力を持っていました。

その結果、権力者は欲望のままに悪事を働く構図ができ上がりました。


個人はどこかの団体(二人以上を団体という)に所属しなければ生きられません。
そして、一人でもはみ出したら乱れます。

団体の中で生きるためには、規律が必要です。
そこで法律が次々につくられていきます。


1.権力者に素直に従うこと。(三種神器の「鏡」に当たります。)
2.権力者に従わない人にはお金で従わせる。(三種神器の「玉」に当たります。)
3.権力者にお金でも従わない人は殺してもよい。(三種神器の「剣」に相当します。)


今もなお、企業には「首を切る」ということばがあり、実行されています。
家庭でいえば「勘当」でしょう。


祖の時代は法律の他にも
常識・道徳・風習・諺・教訓・訓言・家訓・絆 などに託した様々な縛りがありました。

団体の行動をまとめるには、このような規律は不可欠でした。
いうなれば、法律・規律が一つできる度に、個人の自由が一つ奪われることを意味します。
団体行動は、自由を奪うことで成り立っていたのです。

非日常的な樂しみの一つである旅行も団体でした。
特に女性の一人旅などは論外でした。

自殺者と疑われ、一人では宿泊させてもらえませんでした。
これは、大昔のことではなく、つい最近までそうでした。

その、ヨルの祖の時代も そろそろ終わりに近付いてきました。


(皇)個人主義

これからの2,500年間は ヒルの皇の時代です。
ヒルは明るいので皆で一緒に・・・という必要はなくなります。
従って、各々個人で行動しても何も支障もなくなりました。

皇の時代のルールは、三種神器の一つ「本」 即ち個人の自立です。
ヨルの時代とは真逆で、人に頼ったり従っていては生きられなくなります。

一人一人が魂職を持つ時代ですから
何か一つの仕事の依頼があったときは
お互い異なった分野の職種の人が集まってグループをつくる。
三種神器の二「輪・グループ」に相当します。

そして、一つの仕事が終わったら
報酬を分配して、その都度解散し、バラバラになります。

人間は魂職をし、祖の時代に3Kといわれ嫌われた「汚い・きつい・危険」な仕事や
お金儲けの仕事は、皇の三種神器三「器具・機械・ロボット」に任せておけばいいのです。

人は月に10日魂職で働くだけで、あとの10日は魂職に必要な学習に当て
あとの10日は好きなことをして樂しめます。

一人でゆっくり・のんびり、何をしますか?
あれこれ考えるとワクワクしてきます。

その受け入れる素地もできつつあります。
近年「おひとりさま」ブームで 旅行も・食事処も・遊びも
さまざまな分野で、男女の区別なく気楽に樂しめるようになってきました。

一人は、人に気をつかうことなく、相手の都合に合わせる面倒もなく
行きたい時に、いつでも何処にでも行かれる利点と
受け入れ側の体制も少しずつ整いつつあるようです。

それを加速しているのは、外国人旅行者の急増があるでしょう。

日本は、これからの皇の時代の高次精心文明の中心の国になることは
この研究でわかりました。

日本は世界に類を見ない 安心・安全な場所だからこそ
一人で安心して樂しみの場、癒しの場になれるのだと思います。


今日はここまでです。

次回は「祖と皇の文化の相違点」
(祖)人工的 ⇒ (皇)自然的へ について書きます。


それではまたお会いしましょう。



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祖と皇の文化の相違点 その16

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みなさま、こんにちは

今日は「祖と皇の文化の相違点」
もの中心社会 ⇒ こと中心社会へ について書きます。

(祖)もの中心社会

今までの祖の時代の2,500年間は「低次物質文明」の時代でした。

祖の時代のテーマは 人間が苦労して「もの」を造る・・・です。
つまり、「もの」とは物質そのものではなく作品という意味です。

もの中心の物質文明の特徴は「一方向性社会と均一性」 です。

このブログの「教育」のところで書きましたが
物質の性質は均一ですので、物質文明を発展させるためには
人間も物質同様、均一にする必要がありました。

その方が扱い易かったからです。

人間を、もの同然の均一にするにはどうすればよいか?

まず考えられたのが、日本国中の富国強兵政策でした。

祖の時代の教育は、戦争のための戦闘要員をつくるためであり
試験制度は優秀な兵士を抜擢するために必要でした。

言うまでもありませんが、兵士は人間をものとして扱われる典型的な例です。

その均一的な教育は今にも引き継がれ試験制度は戦闘から競争へと移り
優秀な企業戦士を採用するために必要でした。

そしてその結果、大量生産・大量消費に右肩上がりの経済成長を可能にし
日本はもの作り大国になりました。
ただし、祖の時代のものは人間に「苦」を与えるものしか売れません。

家はもので溢れ、買いたいものはほとんどなく
政府があの手この手でデフレ脱却政策をとっても効果はありません。

それもそのはず、時代はすでに逆方向に動き始めたからです。


(皇)こと中心社会へ

もの離れといわれ始めて久しいですが、それを広く一般に実行させたのが
「断捨離」ということばでした。

もう、ものをいっぱい買う・いっぱい溜め込む・所有する時代は終わり
「不要なゴミは どんどん捨ててスッキリしましょう。」 という提案でした。

これがなぜ一気に社会現象になったのかといいますと
もちろん「断捨離」ということばの力も大きかったと思います。

けれど、これからの皇の時代の 
「もの」から「こと」への転換というルール に合致したからだと思います。

つまり、「ものを捨てたい。」(時代の流れでの心の変化)
けど、「もったいなくて捨てられない。」(祖の時代の、ものへの執着)で

迷っている心に「断捨離」ということばの力が決断をうながしたのではないでしょうか。

これから2,500年間の皇の時代は「高度精心文明」の時代です。
ものに執着するより、「ものを手放すと心がスッキリし自由になる。」
という快感を体験した人は多いと思います。

今や、必要最小限のものしか持たない主義の
「ミニマニスト」と呼ばれる人まで出現しています。

そこまで極端でなくても
なるべく簡素な生活をしようと実行している人が増えてきています。

祖の時代の物質文明は、人間をものとして扱ったので均一にできましたが
皇の時代の高次精心文明の時代は
精心を均一にすることも、縛ることもできません。

その結果、祖の「一方向性社会」から、皇は「全方向性社会」へと変わります。

つまり「心は自由であって各人個性を出し自分本来の生き方ができる時代になる。」
ということです。


秸・祖・皇 の各々の時代には主要なテーマがあります。

秸の時代は 「樂しく生きる。」
祖の時代は 「苦労してものを造る。」
皇の時代は 「楽に動く。」

です。

皇の時代は
各々個性を生かした
「好きなことを、樂しく楽に・・・何をするか(こと)」
が重要になります。

個人では、不用品を売って旅行に行く人も増えているようです。

もう今や世界中で、大型ショッピングセンターと呼ばれる施設では
いままでのような買い物だけの店舗を揃えるのではなく
人が参加し体験できて樂しめる施設へと変化しています。

日本を訪れる外国人観光客も
一時の爆買いブームは姿を消し、本来の観光中心で参加型・体験型へとシフトしました。

いよいよ「もの中心」から「こと中心」の時代へと移行が始まりました。

今日はここまで。

次回は「祖と皇の文化の相違点」 団体から個人へ というテーマで書いてみます。


それではまたお会いしましょう。



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祖と皇の文化の相違点 その15

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みなさま、こんにちは

今日は「祖と皇の文化の相違点」
(祖)多数決 ⇒ (皇)全員一致へ について書きます。


(祖)多数決

現在、地球上には縄文人・弥生人の二種類の人種が同居しています。
この二つの人種の思想は全く違います。

さらに、同じ弥生人種でも二種類に分かれ
波動が 祖のプラスの人と、祖のマイナスの人がいます。

祖のプラスの信号は 保守、宗教的です。
祖のマイナスの信号は 破壊、科学的、論理的です。

祖のプラスの人とは、政府の政策に賛成し、推進する側の人です。
祖のマイナスの人とは、それに反対する側の人で、祖を破壊する人です。
祖を破壊する役割は、同じ祖の人でなければできません。

例えば、祖のプラスの人は
原発推進、米軍基地賛成・推進、安保法制賛成、共暴罪法賛成等々です。

祖のマイナスの人は、これらすべて反対の立場の人です。
つまり、祖を破壊する役割の人です。

その意味で、祖を破壊する祖のマイナスの人は、皇の時代寄りになります。
なぜなら、祖を破壊しなければ皇の時代に移行できないからです。

そのため、ややこしいのは、皇の時代を生きる縄文人と、弥生人のマイナスの人との考え方が
似ているように見えます。

ただし、縄文人と弥生人の決定的な違いは
弥生人は、戦い、争い、競うことが大好きですが、縄文人はそれを嫌いますので
弥生人(祖)が破壊することに加担したり参加することはせず、沈黙し静観するだけです。

以上、ややこしい前置きをしましたが
これだけの様々な思考の人々が
今の地球上に混在・同居しているため意見はバラバラです。

そこで多数決で決めるしか方法がありません。
けれど、多数決は51対49という僅差でも多数は多数です。
すると、不満を抱く人が多く、常に争いが生じますので、平和なんて望むべくもありません。


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いい例が、今回行われる衆議院議員総選挙に見られます。
選挙は選挙戦というように、武器を持たない戦争です。

あるテレビ番組で、ある政党の党首を評し
「あの人は良い人だから、政治家には向いていない」と。

裏返せば、今日の味方は明日の敵、今日の敵は明日の味方
お互い欺き合い、魑魅魍魎、百戦錬磨の世界を勝ち抜いた人しか
政治家になれないということでしょう。

政界は祖のルールが強く働いていることがわかります。
その点、世界中の政界が時代の流れに一番遅れているように見えます。

が、この現象は、あくまで弥生人同士のコップの中の争いにすぎません。

次に書くことは
理論とは全く関係なく、私の考えを少し書いてみたいと思います。

移行期は、多数決以外に方法がないことはわかりました。
そこで同じ多数決にしても、少し皇流を取り入れた方法です。

祖の団体から、皇の個人への移行に合わせて 政党をなくし
個人が各々自立して立候補し、当選したら政策ごとに賛成・反対の意思表示をするのです。
今のように政党があることによって、党則がかかり、自分の意思に背くより
自由で自立できるようになると思うのですが・・・・・。


(皇)全員一致

皇の時代に移行が済むと、まず「宇宙のルールと社会のルール」が一致します。
加えて、縄文人の大部分を占めますので、争い競うことを嫌う人種です。

何事も「宇宙のルール」に則って結論を出しますので全員一致となります。
皇の時代は争いがなく、平和で・穏やかで・静かで、楽な時代になります。



図17


次回は「祖と皇の文化の相違点」 16
もの中心社会 ⇒ こと中心社会へ について書きます。


それではまたお会いしましょう。



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祖と皇の文化の相違点 その14

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みなさま、こんにちは

今日は 「祖と皇の文化の相違点」 (祖)政 治 ⇒(皇)聖 慈 へ
について書いてみます。


(祖) 政 治

政治も「祖のルール」に則って行われます。

弥生式 祖の政治はピラミッド型の上下関係 を成し
その頂点に 祖の思想 即ち「自他ともに苦しみ、苦しめる。」 を置きます。


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その実行者である王 即ち支配者は、絶対的権力を持っていました。

そのため
いかに多くの人を苦しめたか 苦しめた度合いや人数が多ければ多いほど偉くなっていく仕組み
になっていました。

絶対的権力の支配者をピラミッドの頂点に置き、次々に下に降りてきて
一番下に位置付けられた国民は「奴隷」として扱われてきました。

国がよくならないと国民はよくならないという国家至上主義という発想が基本 です。

従って政治家は「お国のため」の法律をつくり国民を取り締まってきました。

政治における祖のルールの具体例として、たとえば戦争はお国のためであり
お国のためなら国民は何人殺してもいい・・・罰せられない・・・
それが祖の思想。祖のルールです。


また、ピラミッドの頂点にいる王(権力者・支配者・為政者)は、下から上に上げるのが好きです。

昔はお上が下下から貢物や年貢を納めさせていました。

現在はそれが税金に代わり
政治家や官僚は国民からいかに多くの税金を取るかを考えています。


この下から上へ吸い上げる行為は
明らかに自然のルールに反し、逆流している ことが分かると思います。


さらに、祖の人々は上に上に上がることを好みます。
景気上昇や経済成長ばかり追い求めます。

けれど、もう昔のような右肩上がりの成長は望めません。
消費税は10%までは上がるようです。


ちなみに先ほど「奴隷」ということばが出てきました。

奴隷と聞くと何か特別な人、自分には関係ないと思っておられるかもしれませんが
この理論でいう「奴隷」とは 決して特別な人ではありません。
他人に仕える人のことです。

たとえば、サラリーマンは奴隷の名残です。

なぜなら、企業の一員になると
自分の望まない部署であろうが、望まない転勤先であろうが、自分の意思に関係なく
辞令に従います。

そして、自分の体(労働力)を時間で売ってお金に換えるのです。

今もなお長時間労働やサービス残業など解消されていません。
いくら体調が悪くても、どんなに辛くても、休みたくても、薬を飲み、点滴をしながらでも仕えるのです。

このような状態を「奴隷」といいます。

ですから、皇の時代にはサラリーマンは消えます。
つまり、正社員がなくなるということです。使う人・仕える人はなくなり、対等な関係になります。

政府も「働き方改革」という政策を出しました。
遅すぎる感もしますが、徐々に変わっていくようです。



(皇) 聖 慈
     セイ  ジ
  
変わって、これからの縄文流 皇の時代は「聖慈」と書きます。

聖慈は円形の中心に皇の思想である「楽」を置き
聖慈家は、「いかに国民を「楽」にしてあげられるか。」その聖策を考える のです。

聖慈家と国民は横の関係で対等 です。

自然のルールに則って行動し
人間は各々与えられた枠内で生きていくことを「皇」はただ見守っているだけで
決して取り締まることはしません。法律もなくなります。


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皇の時代の発想は、国民がよくならないと国はよくならない・・・というのが絶対的基本
にあります。
国がなぜあるかといえば、国民がよくなるためにあるのです。

国があることによって国民がよくならないのであれば、その国はない方がいいという発想です。


では、国民がよくなるための聖慈とは、どういうものでしょうか?

たとえば、皇の時代に完全に移行したら衣食住は只になりますので
聖慈家は限りなく只に近づけるということもその一つです。

また、皇になったら税金は相続税100%になることによって
それですべてが賄えるというのです。

国家予算は、すべての無駄をなくすと今の十分の一で済むそうです。


どうしたらできるかを考えるのが、これからの聖慈家の役割 です。
聖慈家は給料なしのボランティアになります。


ここで皆さまに一つ考えていただきたいことがあります。

先ほど 「皇の時代に完全に移行すると衣食住が只になる。」 と書きましたが
「ただ」は、この「只」という字です。

「只とは無料ですか?」と小笠原さんが何度も交信しても
「無料ではない。」という応えなのだそうです。

「只」と「無料」の差が、わたしにもまだわかりません。
興味のある方は考えてみて下さいネ!


無題099



次回は「祖と皇の文化の相違点」 その15
(祖)多数決 ⇒ (皇)全員一致へ  について書きます。


それではまたお会いしましょう。




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